前立腺がん
前立腺がんの本邦での罹患数は急増しており、男性の固形がんの予測罹患数は近年1位になっています。
前立腺がんはもともとアジア人に少ないとされていますが、生活習慣の欧米化や、PSA(前立腺特異抗原、前立腺がんの発見に使用する採血での腫瘍マーカー)の検診の普及などが急増の原因と考えられています。
一方で、本邦では以前から骨などに転移してから見つかる前立腺がん患者さんもおり、このような転移がある状態では治療法は限定され、困難になります。
そのため、PSA検診による腫瘍マーカーの測定を行いがんを早期発見することはとても大切です。
私たちは、 PSA検診の普及と啓蒙活動に尽力してきました。
転移のない前立腺がんは治療選択肢も多く、同じような治療成績で方法の違う治療がさまざまあるのも特徴です。また、無治療経過観察も治療選択肢となることもあります。前立腺がんと診断されたら、適用となりうる様々な治療法とその有害事象(治療により発生する不具合)を医師から聞き、ご自分の考え方やライフスタイルにあった治療を選択することも大切です。
前立腺がんの診断には次のようなものを行います。
①PSA検査(採血) ②エコー検査 ③MRI検査 ④触診
これらで前立腺がんの疑いがあれば、前立腺生検を行います。
②エコー検査
前立腺を、お腹から調べる方法(経腹)と、肛門から特殊な探触子を挿入して調べる方法(経直腸)があります。経腹エコーは、超音波の探触子から前立腺までの距離が遠く、またさまざまな臓器が介在するので前立腺を観察しにくいことがあります。経直腸エコーは若干痛みを伴うものの、前立腺は直腸の隣にあるためとてもよく観察できます。
前立腺がんはエコー検査で形の崩れや、低エコー域として認められることがあります。また、カラードプラー検査を併用すると血流の集簇が見られることがあります。また体積測定もできるので前立腺肥大症の有無もわかります。
痛みはないが、
探触子から遠く見ずらい
少し痛みがあるが、
探触子から近く見やすい
経腹的検査
経直腸的検査
③MRI検査
以前より前立腺がんの病期診断に使用されてきましたが、近年撮像方法に進歩が見られています。さまざまなMRIの取り方の組み合わせ(マルチパラメトリックMRI, mp-MRI)で、小さな限局性の前立腺がんの部位も画像で発見できるようになってきました。
生検前に行い、出血などの影響を受けないようにすることが重要です。
T2強調画像(左)だけではわかりづらかった前立腺がんの疑い部位(矢印)が拡張強調画像(右)を組み合わせるとわかりやすくなります。
MRIでがんの部位がわかると、その後に行う生検でその部位の採取を追加したり、がんが判明したのち、がんの部位にだけ治療を行う局所治療の参考になるなどのメリットがあります。
④直腸診
旧来から行われてきた、前立腺の用指的な触診です。肛門から指を挿入して触診するので多少痛みがある場合があります。前立腺がんの場合、部分的に硬結が触れる場合や、全体が硬いなどの所見があることがあり、簡便にできる有用な検査である一方、医師の主観や経験で診断に大きく差が出ることもあります。
上記の検査で前立腺がんの疑いがあれば、前立腺に針を刺して組織を採取し、病理検査でがんかどうか確定診断をする前立腺針生検を入院して行います。
通常は、生検をせずに前立腺がんと診断して治療に移行することはありません。
針生検は、局所麻酔をして1mmの太さの特殊な組織採取用の針で前立腺組織を12か所程度採取します。
生検に伴い、血尿、血便、発熱や排尿困難が現れることがあります。
血尿や血便は通常は数回でなくなります。
発熱予防のために検査前日から抗生物質を内服しますが、それでもまれに発熱することがあります。また、とくに前立腺肥大症で前立腺が大きいかたは、針を刺す検査の性質で血腫やむくみが発生することで一時的に排尿がとても困難になることもあるます。実際の生検手技はこちらをご覧ください。
生検で使用する針です。
生検結果で前立腺がんであることが判明したら、その後全身のCT検査と骨シンチ検査を行い、
①転移はなく前立腺の中だけにがんがある状態なのか、
②すでに転移のある状態なのか
を調べます。
前立腺がんはさまざまな臓器に転移しますが、骨、リンパ節、肺などに転移する場合が多いです。
①限局性がんの場合
画像診断で転移が発見されず、がんが前立腺の中にとどまっていると考えられる場合を限局性前立腺がんといいます。この場合、次に、前立腺の中に現状がんはとどまっているものの、その腫瘍の性質がどんなものかを判断します。すなわち、治療によく反応するものなのか、治療をしてもなかなか反応がなく進展していくような性質なのか?です。
この分類をリスク分類といいます。代表的なリスク分類表を下に示しますが、リスク分類するのに検査の追加はなく、この時点ですでに評価が済んでいる、生検するきっかけになったPSAの値、生検組織のグリソンスコアと呼ばれる病理学的評価、それに画像診断での腫瘍の広がりの3つから分類します。
代表的なリスク分類表です。
リスク分類を決める3つの要素のうち、1つでも悪い要素に該当すればそのリスク分類となります。
例えば、PSAが6.0ng/mLでTステージがT2aでも、生検のグリソンスコアが7であれば低リスクではなく中リスクに分類されます。
このリスク分類のとらえ方は、低リスクであれば治療によるがんのコントロールは基本的にしやすいもので、PSAが治療後に再度上昇してしまったり、その後転移が発生したり、前立腺がんによって亡くなるリスクが低い分類ということになります。
一方、高リスクは、単一の治療で長くがんをコントロールすることは困難とされてきて、さまざまな方法を併用して(集学的治療といいます)治療する必要がでてくる分類といえます。
中リスクは低リスクと高リスクの中間と考えていいでしょう。低リスクに近い中リスクと考えられるものは単独の治療でよくコントロールできることもありますし、高リスクに近い中リスク(たとえば、リスク因子は中リスクにとどまるものの、生検陽性本数が多いなど副次的な要素が望ましくないものなど)では、集学的治療を行うこともあります。
それでは、リスクによって治療はどのようにかわるのでしょうか?
治療の選択は、医師の印象や意見だけで決まるのではなく、多くの論文を解析し、より確かと思われる分析を行ったうえでの推奨があり、基本的にはこのガイドラインと呼ばれる推奨に従っています。その上で患者さんの状態や希望をふまえ決定されます。効果が同等な複数の治療が選択できる場合もあり、このような場合には、有害事象や治療の特徴を説明して選択していただくことになります。
以下に米国NCCNによるリスク分類別の推奨初期治療を示します(2022年度版)。
この表の中で、期待余命が治療選択の第一の要素として出てきますが、個人の期待余命は計算はできませんので、年齢にしては慢性疾患もなく元気なかたもいれば、他のさまざまな病気を抱えているかたもいますので一概に分類できるものでもありません。しかし、治療選択の参考にはなります。
また、複数の治療が選択できるところに分類された場合には、各治療の性質や治療による有害事象の比較をし、よく医師と相談の上でご自分にマッチする治療を選択する必要があります。
例えば当院では高リスクの前立腺がん患者さんには、高リスクの表にあるうちの『放射線外部照射+密封小線源治療(シード治療)+長期ホルモン療法』を行うことが多いです。
この治療は3種類の治療法を併用するため、3つの『Triple』、方法『Modality』、治療『Therapy』を訳して『トリモダリティ』と呼ばれています。
当科ではこの治療を2005年から開始し、現在まで多くの患者さんに行ってきました。
高リスクの前立腺がんは、当時の治療成績は望ましくなく、単一の治療、もしくは放射線治療であれば密封小線源治療と外部照射45Gyの併用治療でも、低〜中リスクの治療成績に遠く及ばず、5年間のPSAが上昇せずがんがコントロールできる率(生化学的非再発生存率)が50%にも満たない報告が多くみられました。
そこで、治療成績の改善を目的に、110Gyの密封小線源治療に45Gyの全骨盤に対する外部照射を併用し、さらに小線源治療前から開始したホルモン療法を放射線治療後も2年間継続する治療を開始しました。
この治療は、2種類の放射線治療と、長期のホルモン療法の組み合わせです。治療の考え方としては、放射線治療の部分では、2種類の放射線治療を組み合わせ、より生物学的効果が高い放射線量を相対的に安全に照射することで、がん制御に最大限の効果を発揮したいことにあります。
密封小線源治療は、放射線の線量集中性に優れるので、前立腺がんの放射線治療を行う上で避けられない、腸や尿道、膀胱への照射の影響を少なくすることができます。また、これに外部照射45Gyを併用することで照射できる生物学的な放射線の効果は、外部照射単独によるものよりも計算上は高いとされています(生物学的等価線量=BEDの計算によります)。
追加する外部照射の範囲には諸説あり、前立腺と精嚢腺にのみ追加する施設も多いですが、当科ではトリモダリティの開始時から一貫して腸骨リンパ節を含めた全骨盤照射を行っています。これは、総腸骨リンパ節より末梢の小さなリンパ節転移であれば、全身的な転移へつながっている可能性は低いと考えられ、これらの微小リンパ節転移がある場合に備えてということになります。
また、ホルモン療法の併用に関しては、放射線治療前から開始することで腫瘍縮小効果による照射範囲の縮小と、PSAが低くなった状態での放射線治療施行のメリットが考えられ、照射中にも続けてホルモンを併用することは放射線の増感効果などがあるとも言われています。また、放射線治療後も2年程度継続して行っていますが、これはそもそも高リスクのがんでは画像診断で指摘できないリンパ節などの転移が細胞レベルで存在する可能があり、全身治療によってこれらを消滅させる効果が期待できるとされるからです。
上記のような理由でホルモン療法は放射線治療開始の3か月前から開始し、放射線治療中も継続、そして終了後も約2年間継続しています。
トリモダリティは、治療自体が数か月~2年半程度にわたること(通院は安定したら3ヶ月に1回の外来受診です)、またホルモン療法後も男性ホルモンが低い期間が長く継続することがあるため、治療成績を調べるには長期の経過観察期間が必要になります。
当院のトリモダリティの初期の治療成績は下記の通り、現在まで非常に良好です(5年間のPSAが上昇しないでコントロールできている率が97.8%)。
上図は、高リスク前立腺がんに対する欧米多施設での各種治療法の治療成績をまとめたグラフです。
こちらを見ても、トリモダリティがとても優れた治療であることがわかります。
②転移性がんの場合(骨やリンパ節、肺などの臓器に転移があった場合)
画像診断で転移が発見され、がんが前立腺の外にも存在すると考えられる場合を転移性前立腺がんといいます。
この場合の治療法は、基本的にホルモン療法を行います。
前立腺がんはアンドロゲンという男性ホルモンを利用して成長するので、そのホルモンを抑制することで効果を期待する治療方法です。前立腺がんにおけるホルモン療法とは、アンドロゲンの作用を抑制することをいい、アンドロゲン遮断療法とも呼ばれます。ホルモン療法で使われる薬剤には、注射薬と内服薬があります。
注射薬は、脳の視床下部・下垂体に働きかけることで精巣からのアンドロゲン分泌を抑える薬で、LH-RHアゴニスト製剤とLH-RHアンタゴニスト製剤が使用されています。内服薬は、がん細胞にアンドロゲンが作用するのをブロックする抗アンドロゲン薬です。
抗アンドロゲン薬は、近年新しい内服薬が続々と発売され、新規ホルモン薬と呼ばれています。
例えば、エンザルタミドという新規ホルモン薬は、従来の抗アンドロゲン薬に比べ、より強力にがん細胞へのアンドロゲンの作用を抑え込む働きを持っています。また、アビラテロンというお薬はアンドロゲン合成阻害薬で、アンドロゲンの合成に関わる酵素の働きを抑え込むことで、アンドロゲンをさらに減らすことができます。そのほかにもアパルタミドやダロルタミドといった同様の効果がある新規ホルモン薬があります(ただしダロルタミドは去勢抵抗性前立腺がんのみ適応 2022年時点)。
病理組織検査の結果や転移の場所、個数などを総合的に加味し、どの薬剤を使うか検討します。
こういったホルモン療法は、開始してから数か月から数年は効果を発揮しますが、多くの場合いずれ効かなくなってしまいます。ホルモン療法が効かなくなった前立腺がんのことを、去勢抵抗性前立腺がんといいます。
③去勢抵抗性前立腺がんとなった場合
去勢抵抗性前立腺がんの治療は、新規ホルモン薬を変更したり、ドセタキセルやカバジタキセルという抗がん剤治療や、オラパリブといったPARP阻害薬などの薬剤を使います。
抗がん剤治療の場合、初回は入院で抗がん剤を投与し、発熱などの副作用がないか確認し、特に問題がなければ外来での治療に移行します。
PARP阻害薬は、BRCA1/2遺伝子の病的バリアント保持者かどうかの検査を行い、陽性の方のみ使うことができます。検査された患者さんの10~18%が陽性になるといわれています。
検査方法は血液検体で行うBRACAnalysis診断システム、FoundationOne Liquid CDx がんゲノムプロファイルと、生検などの組織検体で行うFoundationOne CDx がんゲノムプロファイルがあります。
いずれの治療もがんの進行度や患者さんの状態によって適応が異なりますので、担当医とよくご相談の上、治療方針を決めてください。