前立腺がんの小線源治療(シード治療)(密封小線源永久挿入治療)
前立腺がんのヨウ素125シードを用いた小線源治療について
当科スタッフは、前立腺がんに対するヨウ素125密封小線源永久挿入治療(シード治療、ブラキセラピー)を積極的に行っており、全国の治療導入施設の中でも数多くの症例を経験しています。以降、本文中ではこの治療を『シード治療』と略記します。
シード治療(小線源治療)
シード治療とは、シード(線源)と呼ばれる、ヨウ素125が封入された小さなチタニウム製のカプセルを、会陰から刺入した針の内腔を通して前立腺内に挿入し、前立腺がんを治療する放射線治療のひとつです。
短期入院、短時間の低侵襲な手技で終了し、長期の治療成績も良好なデーターが多数示されており、本邦では年間約2,500人の患者さんがこの治療を受けています。
シード治療の歴史は古く、少数の施設で1970年代から行われていましたが、当初は開腹手術で行っていたために技術的にシードを的確に前立腺内に挿入するのは困難で普及しませんでした。しかし、1980年代以降はCTや超音波機器、コンピュータ技術の発展によって会陰から針を刺入してシードを前立腺に挿入する現在の方法が確立され、正確な治療が可能となり現在に至っています。
シード治療を体の側面からみた模式図です。
適応
基本的にはリンパ節やほかの臓器、骨に転移のない前立腺がんが対象になります。そのうえで、リスク分類という方法で個々の前立腺がんの評価をおこない、
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シード治療のみ行う
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シード治療に、外部照射の放射線治療または短期のホルモン療法を併用する
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シード治療と外部照射の放射線治療と長期のホルモン治療をすべて併用する(トリモダリティ)
か、を決定します。さまざまなリスク分類がありますが、当科で使用している分類を以下の表に示します。リスク分類は、前立腺生検受けるきっかけとなった時のPSA(前立腺特異抗原)の値、直腸診と画像診断でのがんの評価(T分類といいます)、前立腺生検の病理組織結果(グリーソンスコアといいます)の3つの要素から決定します。
前立腺がんの代表的なリスク分類表です。例えば、生検前のPSA値が9ng/mLで、T分類がT2a、グリーソンスコアが7であれば、中間リスク群です。すなわち、3つの要素のうち1つでもより高いリスクに概当すれば、そのリスク分類になります。
転移のない前立腺がんでも、以下に該当する方は基本的にシード治療をおこなうのに適当ではないと考えられますので、担当医とよく相談してください。
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年齢が80歳以上(個人差があり、行うこともあります)
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切石位(お産のような治療の体位)が取れない方、超音波機器の肛門からの挿入が不可能な方
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重度な持病のある方(高度な糖尿病、心疾患、他部位の進行がんなど)
他に、前立腺肥大症の内視鏡手術(TURP)を以前に受けた方は、多くの場合シード治療は行えますが、治療後の合併症の程度に影響する場合があり、担当医と相談が必要です。
以前は前立腺体積が約40c.c.以上のかたは、総線量(一人の患者さんに使用できるシードの数)の制限によって良好な線量分布を得るのが困難で、治療に適切な患者さんとは言えない場合がありました。しかし、現在は線量制限が変更されたので、40c.c.以上の前立腺のかたでも治療対象となり得ます。
治療方法
前述したリスク分類によって、以下のような方法を行っています。低リスクと一部の中間リスク症例以外は併用療法を行っています。
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低リスク症例:シード治療単独(処方線量160Gy)
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中リスク症例:
• A;シード治療(110Gy)+外部照射(45Gy、前立腺+精嚢腺)
• B;短期ホルモン療法+シード治療(160Gy)
※一部の中間リスク症例にはシード単独治療を行います(グリーソンスコア7(3+4)かつ生検陽性コア数が33%以内の場合) -
高リスク症例:シード治療(110Gy)+外部照射(45Gy, 全骨盤照射)+長期ホルモン療法
• ホルモン療法は基本的に毎日1錠の内服薬と1~6ヶ月に1度の皮下注射です。1~3ヶ月に一度の通院が必要です。
• シード治療は3泊4日の入院治療で、個室入院です。
• 外部照射は、シード治療の約1か月後から開始します。外来通院で行います。1回の照射が1.8Gyで、これを25回照射すると計45Gyとなりますので、5週間の外来通院(土日、祝日を除く月曜から金曜日連日)が必要となります。
高リスク症例の外部照射の照射範囲です。
当院の外部照射の設備です。エレクタ社のインフィニティというIMRTを導入しています。
シード治療を行う場合、可能な限りこの治療で局所再発することなく、前立腺がんの治療を終わらせたいと思っています。なぜなら、局所再発が認められた場合に、ホルモン療法以外の放射線治療や前立腺全摘除術などの救済治療は、不可能ではありませんが行いにくい面もあるからです。そのため、我々はシード治療の線量増加を2006年から行い、より高い腫瘍制御を目指してきました。線量増加後、中リスク症例の一部にはシード単独治療を適用しています。一方で、さらに腫瘍が制御しにくい高リスク症例には、シード治療に中等度の外部照射併用、さらに長期のホルモン療法を併用するトリモダリティを早期から開始し、治療成績向上への取り組みをしてきました。 線量増加を行うことで、治療に伴う有害事象の増加も懸念されますが、直腸有害事象に関しては、2018年4月からシード治療の終了時に吸収性ハイドロゲルスペーサーの留置も行い、直腸線量を低減しています。
吸収性ハイドロゲルスペーサーに関する動画です。
当院でのハイドロゲルスペーサーを併用した小線源治療の初期の100症例を検討すると、ゲルは96%の症例で適切に留置され、それらの症例ではゲルにより作成された前立腺と直腸間の距離は平均 約11.6mmでした。また、術後線量計算においてスペーサー留置を行わなかった小線源症例(直近の200例)より、有意な直腸線量(RV150・RV100)の低減を認めています(下表)。
当科での高リスク前立腺がんへのトリモダリティの長期治療成績です。
PSAの非再発生存率は、5年で97.8%、10年で91.6%と非常に良好です。
高リスクがんに対するトリモダリティ(Trimodality)の解説です。
(症例数・治療成績は、収録当時のデータになります)
また、前立腺の大きさやホルモン療法併用の有無によってシードを一つ一つ挿入する方法と、シードを連結させて挿入する方法の2種類を使い分けて行っています。
①
②
③
④
連結型シード(①)と、単体のシード(②)です。シードは縦約1mm、横約5mmの小さなチタニウム製のカプセル型をしています。③は連結型シードを挿入する機器一式、④はシードを一つずつ挿入する方法で使用する機器です。
患者さんへ
受診時には、紹介元の先生にできるだけ以下のものを依頼し、ご持参ください。
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担当医師からの紹介状
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前立腺生検のプレパラート(病理標本)と病理診断報告書のコピー
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CT, MRI, 骨シンチなど画像診断データ
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シード治療後は前立腺に挿入されたシードから、約1年間弱い放射線が出ることになります。周囲の方に有害なものでありませんが、術後2か月間程度は特別な注意事項があります。日常生活を損なうようなものではありませんが、守っていただく必要があります。
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シード治療日から1年以内になんらかの原因で亡くなった場合には、火葬の前にシードが挿入された前立腺を摘出する必要があります。ご家族および近親者のかたは、ご不幸があった場合には、速やかに当院にご連絡ください。また患者さんは退院時にお渡しする患者治療カードを1年間は運転免許証などと一緒に携帯して下さい。
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シード治療後1年以内に海外旅行される方は、通常の金属探知機にはシードは反応しませんが、空港セキュリティで弱X線検査や放射線測定が行われている場合には反応することがあります。海外渡航される方でご要望がある場合に、事前に治療証明書(英文のみ)を発行いたします。
特別な注意事項
金属探知機と弱X線検査装置(ボディスキャナー)です。
治療の流れ
紹介状と資料を拝見し、シード治療を含めた全般的な限局性前立腺がんの治療法をご説明します。シード治療を受けることに同意された場合には、治療日の決定、入院予約を行い、放射線治療科も受診して治療計画用のMRIと麻酔下に治療を行うのに必要な術前検査の予約をします。この日に可能であれば尿流量測定と、前立腺体積が不明な場合にはエコー検査で前立腺体積測定も行います。自宅でシード治療の見識を深めていただくよう、シード治療の説明冊子(治療承諾書を兼ねます)をお渡しします。また、総合サポートセンターで検査、入院に関して再度わかりやすいようにご説明します。
1回目の受診
総合サポートセンターです。
MRI検査に来院していただきます。MRI検査はシードの発注個数の決定と、シード治療時に画像参照することがあるために必要です。
また、手術承諾書の記載、術前検査(レントゲン、呼吸機能検査、心電図、感染症採血)を行います。
2回目の受診
入院は3泊4日となります。入院初日は、麻酔科による麻酔説明、食事が低残渣食になり、夕食後は絶食です。
2日目にシード治療を行います。朝、浣腸を行い治療に備えます。当院では全身麻酔で治療を行っています。
麻酔後、足を広げた砕石位と呼ばれる体位になります。治療時間は約1時間ほどです。術後は排尿管理のため尿道カテーテルが入りますが、麻酔中に行いますので痛みはありません。ご家族は、施術後手術室にて患者さんに一度お会いになれますが、病室での面会は翌日までできません。
3日目は尿道カテーテルを抜去します。また、お昼頃よりご家族の病室でのご面会も可能になります。
4日目に問題がなければ退院します。個人差はありますが、一定の注意事項を守っていただければこの日から就労や運動は可能です。
手術部内の専用治療室です。
治療の様子です。
入院
外来診療にてCTを撮影します。これは、シードが計画通り適切に挿入されたか検証する目的です。外部照射と併用治療の方は、この評価をもとに照射線量を増減することがあります。また、術後初めてのPSA測定をします。このPSA値は、大きく低下していませんが心配はいりません。シード治療後はゆっくりとPSA値が低下していきます。
1ヶ月後
特に高度な有害事象(治療に伴う尿や腸の症状)がない場合、2年間は3ヶ月ごと、その後はPSA値がシード治療後として適正範囲であれば、半年に1度の外来通院をしていただきます。来院ごとにPSAの測定と排尿や排便に関する質問票の記載をしていただきます。また、ホルモン療法を併用している場合には、男性ホルモンの値や骨密度の計測をすることがあります。
シード治療後は、PSAの値が、経過観察中に一時的に上昇することがあります。前回の測定値より上昇すると、びっくりしたり落胆される方も多いです。しかし、このPSAの経過観察中に一時的に上昇する現象は『バウンス』と呼ばれ、約40%の方に発生、特に比較的若い方に多く起こるとされ、バウンスの発生がその後の経過が悪いことを意味しません。
PSA再発は、シード治療後の経過中のPSAが最低になった値に2を加えた値まで上昇したとき、という定義を現在は用いています(例えば、PSAの最低値が0.12ng/mLであったとすると、2.12ng/mLになったとき)。PSA再発になった場合は、骨シンチ、CTスキャン、全身MRI(DWIBS)などの画像診断を行い、画像でわかる転移や局所再発があるか調べます。これらで所見のない場合、再度前立腺生検を行って、生き残ったがん細胞があるか病理学的(顕微鏡による検査)に調べます。
その後
シード治療後に遠隔転移が見つかった場合には、ホルモン療法を行うことになりますが、遠隔転移はなく、前立腺生検で生き残りのがん細胞が見つかった場合には、その後の治療方法はやや困難なこともあります。PSA再発した時期や、様々な要素を考慮して救済治療を考える必要がありますが、再度小線源治療を行ったり、ロボット支援下手術で前立腺全摘除術を行うこともあります。
そのため、再発のないようにシード治療は高い生物学的等価線量(BED)を付与した1回の治療で前立腺がんを確実に根治させることが重要です。
治療手技
当院では、①シード単体をひとつひとつ挿入していく方法、②連結させたシードを1列ずつ挿入する方法、の両者を行っています。どちらの方法で行っても治療成績や有害事象の差は現在までに認めておらず、同等です。
両者にはシードを挿入する際のコツや器具に違いがあり、私たちはその性質から前立腺体積の大小や、ホルモン療法併用の有無で使い分けています。以下に、両者を簡単にご紹介します。
シード単体を挿入していく方法
1. 麻酔後に肛門から、ステッパーという器具にセットされた超音波装置を挿入し、前立腺が適切に超音波画像としてとらえられるようにセットします。
2. テンプレートという板を介して、針を前立腺の辺縁に均等に配列していきます。
3. 辺縁部に配置する針が配置されました。
4. 針の穿刺と同時に放射線治療医がシードの配置を決めていきます。
5. 内側の針も線量計算を行いながら位置決めして穿刺します。
6. ここまでで、シードを前立腺に挿入していく準備ができました。治療計画に従ってシードを挿入していきます。
ミックアプリケーターという挿入器具に、シードが充填されているカートリッジ装着します。
7. 治療計画に従って、シードを一つ一つ挿入していきます。シード挿入中に同時に線量分布の計算をして、必要であれば補正をしながら計画したすべてのシードを挿入します。
8. 手術終了です。針穴からわずかな出血がある程度の手術痕です。
連結したシードを挿入する方法
(途中までは上記のステップとまったく同じです)
1. 麻酔後に肛門から、ステッパーという器具にセットされた超音波装置を挿入し、前立腺が適切に超音波画像としてとらえられるように
セットします。
2. テンプレートという板を介して、針を前立腺の辺縁に均等に配列していきます。
3. 辺縁部に配置する針が配置されました。
4. 針の穿刺と同時に放射線治療医がシードの配置を決めていきます。
5. 内側の針も線量計算を行いながら位置決めして穿刺します。
6. ここまでで、シードを前立腺に挿入していく準備ができました。治療計画に従ってシードを挿入していきます。
7. シードが充填されたカートリッジと、3種類のシードを連結するコネクターが充填されたカートリッジを連結器具に装着します。
8. 治療計画に従い、針1本から挿入するすべてのシードを1列に連結します。
9. 連結したシードを前立腺に挿入していきます。
10. 手術痕、所要時間などは両者で差はありません。
昭和大学でのシード治療
昭和大学病院で、泌尿器科と放射線腫瘍科が連携して2005年から前立腺がんのシード治療を開始し、当院での症例と合わせて現在(2022年7月末)までに約1,600例の治療を行いました。
当科スタッフとシード治療の関わり合いは長く、提携病院である米国ハワイ州のThe Queen's Medical Centerにて、日本ではシード治療が行えなかった2001年から多くの症例を経験してきました。シード治療の方法や道具は世界ではさまざまな方法があります。私たちは米国では、現在日本で標準的に行われているもの以外の方法も経験してきました。
当院での小線源治療の特色は、米国での経験および外部照射の治療データから、シード治療導入当初からリスクの低い前立腺がんだけを対象とするのではなく、中間リスク、さらに高リスクの前立腺がんにもホルモン療法や外部照射と組み合わせた集学的な小線源治療を開始していることにあります(トリモダリティ、2005年開始)。シード治療は現在術中計画法で精度の高い治療を目指して行っています。
当科での密封小線源治療については こちらの動画 をご参照ください。
当科提携先のハワイ大学医学部外科学Associate professorの John L. Lederer医師(放射線腫瘍科)と米国ハワイ州Cancer Center of Hawaiiです。